日本怨霊図鑑その1、藤原広嗣(奈良科 太宰府属)を祀った、鏡神社に行ってきた。場所は新薬師寺のすぐ隣。
祠だけみたいなもんかと想像していたのだが、こじんまりとはしているが、ちゃんと社務所もあるような立派な神社だった。軽く参拝して周囲を見渡すと、神楽殿で子供が二人、お年寄りの指導を受けつつ御神楽の練習をしていた。ほんと、想像以上に大事にされている雰囲気。
社務所に出向いて小誌(一部200円)を頂いて、由緒を読んでみた。そしたらまあ、広嗣公を褒めたある褒めたあるw 生きては純清真率、五異七能の才人。死しては清純凛烈たる威霊とな。
さらに万葉集には、
藤原朝臣広嗣(ひろつぐ)が桜の花を娘子(をとめ)に贈れる歌一首
この花の 一節(ひとよ)のうちに 百種(ももくさ)の言(こと)ぞ籠(こも)れる おほろかにすな
「この花の一枝の中には、たくさんの言葉がこもっている。おろそかに思うな」
という歌があるそうだ。管弦歌舞の道にも優れたという才人が、桜の一枝に託して娘を諭す、愛らしい父娘の風景。そしてこの諭される側の娘が、また賢い。
娘子(をとめ)が和(こた)へたる歌一首
この花の 一節のうちは 百種の言持ちかねて 折らえけらずや
「この花の一枝の中では、たくさんの言葉が持ちきれないで、折れてしまったんじゃないの?」
子供らしい小憎らしさと敏さが溢れている。父もその才気に相貌を崩したろう。教養に満ちた、麗しい貴族の春日が窺える。つーか麗しすぎるわ!
それに対する玄昉の扱いと言えば、「君側の奸」だの「非行多し」だの非難轟々。調べてみると、『元亨釋書』(げんこうしゃくしょ:仏教伝来から鎌倉時代までの日本仏教史)には、聖武天皇の母、藤原宮子の病を玄昉が癒したくだりに「淫萌ナレバ也」の記述もあり。どうも治療には蠱毒を用いた様子。淫祀邪教の徒の扱い。
さらに別書では、玄昉を重用している聖武天皇の妻、光明皇后にまでその毒牙を伸ばしたような記述も。それなんてラスプーチン?
この鏡神社に詣でる前に、玄昉の首塚である頭塔と、奈良教育大の中にある吉備真備の墓、吉備塚古墳も見てきた。
吉備塚は、「ここだ」と言われない限り絶対分からない、ただの小山だった。草はボーボー、ゴツイ木もバンバン生えている。
また頭塔は、今でこそ七段のピラミッド形状が復元されてはいるが、調査復元の手が入る前は、これまた雑木の茂る単なる丘であったそうだ。現在の復元状態は片方だけで、残り半分はその「丘」状態を残してある。
同じように死者を祀ったものでありながら、この二つの墓のウルトラ放置状態と、千年余りも守られ続け、神楽まで奉納されている鏡神社の愛され方は、なんとも酸鼻な対称を成しているなあと、炎天下にえもいわれぬ薄ら寒い気持ちになったことであるよ。
諸行無常 是生滅法
生滅滅已 寂滅為楽
※この際なので、三社の墓所をGoogleマップ上にまとめてみた。奈良へお越しの際は回って観られるのも一興かと。
近鉄/JR奈良駅からバスが便利。市内循環(外回り)・山村町・藤原台、などに乗って、高畑町バス停で下車。
そこが奈良教育大前なので、吉備塚古墳から初めて→鏡神社→頭塔というコースがお勧め。
徒歩でも男性の脚なら、1時間半あれば事足りるでしょう。
0 件のコメント:
コメントを投稿