2011年8月12日金曜日
存在の重み
またしても木刀がらみの話でゴザル。
今使っている素振り木刀。全長三尺八寸(115cm)、刃渡り二尺七寸(81cm)、重量1200g。これって調べてみると重さも含め、伝えられる宮本武蔵の刀とほぼ同じだった。(そういう風に作ってあるんだろうなあw)これは当時の刀としては、ごく標準的なサイズらしい。
それでも振れば分かるが、かなりしんどい。これを自在に、高速で操るとなると、腕力、握力など、相当鍛えなければ無理。増して武蔵は二刀流。これを片手で!?と正味驚く。一振りで手首折れるか、地ベタ打つっちゅーねん。
こんな標準的な長さ、重さでもしんどいのに、佐々木小次郎の「物干し竿」やと、どんだけ扱い難しかろうかと、ちょっと調べてみた。
まあ実在すら疑われている人物だから、正確かどうかは知るべくも無いけど、文献に残る限りでは件の物干し竿、備前長船長光は、刃渡り三尺一寸(94cm)とあった。さらに柄が大体一尺(30cm)位あるから、全長四尺一寸(124cm)。
ってそれだけ?!2mとかあるような刀じゃなかったの?!
ここで「?」と思った。武蔵の刀は115cm、物干し竿は124cm。その差9cm。握り拳一個未満。互いのリーチの差は、たったこれだけ。
もちろん名人高手同士であれば、この9cmの差は大問題だろうが、想像していたリーチ差とはまるで違う微妙さだった。
ここで想像は巌流島の決闘に至る。
武蔵にしてみれば、この9cmの差をどう埋めるかが一番の問題だったはず。この決闘のために四尺の刀を新造する手もあったろうが、鉄の刀であるからには、長くなれば重くなるのが道理。
仮に慣れない新造の、しかも経験の無い重さの刀を持っても、それをデフォルトとして鍛え、慣れている相手に対しては、文字通り付け焼刃でしかない。かと言って軽量化のために細くしては弱くなる。
四尺の長さがありつつ、今の刀と変わらない重さで、かつ十分な破壊力のある得物が必要なのだが…そう悩みぬいた武蔵の目の前に、あの「船の櫂」があった、という説がある。さらに船の櫂を四尺の長さにするとともに、自分の刀と変わらない重さ、バランスに加工する。その作業に約2時間を費やした。これが遅刻の理由である、とその説は続く。どう思う?
その真偽はさておき、自分で振った身としては、大事なのは重量、というのは実感できる。リーチは欲しいけど、これ以上重さが増えるとかマジ勘弁。
ところで。巌流島の決闘時に作られた木剣、それ自身は失われたが、松井寄之(まついよりゆき)という、晩年武蔵が身を寄せる熊本細川藩の家老になる男から、彼がまだ若かった頃に求められて、武蔵自身が作った(と伝えられている)レプリカが現存している。
その長さ、四尺一寸九分、127cm。わずかに3cm、物干し竿を上回る。
…出来過ぎだなぁ、とは思うw
宮本武蔵は伝説の人物で、その生涯には謎が多く、事実と確認されていることは非常に少ない。その中でも最大の謎が巌流島の決闘で、行われていないとする説もある。残された文物もどこまで信用できるか、知れたものではない。
しかしながら剣に道を求めた男が居て、彼が振ったものは、今、私が振るこれと同じ重みを彼にも与えた、それだけは間違い無いはずだ。その重みの中に、初めてかの剣豪の存在の気配が、感じられたような気がした。
さて。珍しい体感が得られたことでもあるし、これで『バガボンド』読んだらまた違うかも。ずっと買わんままおったけど、そろそろ買いに行くかなあ。
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